はじめに
前回のあらすじ。
リン化合物の刺激臭に悩まされながらも、第2工程のホルミル化が成功し、試作のゴールは目に見えるところまで来ていた。
しかし、私は一番安定していた反応である最終工程のヒドラゾン化で、原料の仕込み順を間違えるという初歩的なミスを犯してしまう。
このミスによって結晶は無残にも緑色に着色し、私の初試作は大失敗に終わった。
二次試作
不良の原因が比較的早い段階で究明できたことから、すぐさま二次試作の予定が組まれた。納品の期日も迫っており、この二次試作は絶対に失敗するわけにはいかなかった。当然、一次試作よりも慎重な準備が進められ、事前に入念な工程チェックが行われた。
その甲斐もあってか、200℃以上の高温を要する第1工程、リン化合物を使用する第2工程については、一次試作と同様に問題なくクリアすることができた。
そして、因縁の第3工程、ヒドラゾン化。
「元々、安定している反応なんだ。前回の失敗は単純な仕込みミス。原料の仕込み順さえ間違えなければ失敗するはずがない。」
そう自分に言い聞かせ、前回より慎重に原料を仕込んで、反応をスタートさせた。
一次試作の時のような不純物のスポットは見えない。順調だ。あとは反応液を冷却し、生成物を結晶化させ、その結晶をろ過して取り出せば全てが終わる。
「今度は大丈夫!」
冷凍機の故障
そう思った矢先、突然、第2工場の中が騒がしくなった。
「ブラインの冷凍機が故障したんだってよ!」
ブラインは反応釜を冷却するための冷媒だ。冷凍機が故障するとブラインの温度が上がって反応釜を冷却することができなくなる。慌てて反応釜の方を振り返った。冷却を開始してから30分以上経っているはずなのに、温度計の針はほとんど下がっていなかった。
反応液を冷却することができないと、せっかくできた生成物が分解してしまうおそれがあった。工場の人達も冷凍機の修理を試みてくれた。しかし、復旧の目処は全く立たなかった。
「氷を発注してこい!」
慎重に慎重に進めてきて、最後の最後で外部要因のトラブル。これは流石に想定外だった。
「このタイミングで何で?!」
一瞬、腹わたが煮えくり返った。そして、怒りが収まると、今度は失望で全身の力が抜け、その場にへたり込みそうになった。
その時だった。
「ヤマダ! 氷だ。氷を発注してこい!」
試作をサポートしてくれていた先輩研究員のOさんだった。意味がわからず戸惑っていると、
「メタで冷やすぞ。」
「そうか! その手があったか!」
氷で冷やしたメタノールをブラインの代わりに使おうというのだ。
よくよく考えてみれば、ラボでは日常茶飯に行われている方法だ。ただ、工場設備があまりに大きすぎて、ラボと同じ方法を使えることに思い至らなかったのだ。
美しく光り輝く結晶
程なくして、一抱えはありそうな氷のブロックがいくつも搬入されてきた。この氷のブロックを200Lのステンレスタンクに放り込み、メタノールを注ぎ込んだ。メタノールを冷却している間に、ブラインの配管を切断し、タンクと反応釜のジャケットを繋ぐ循環配管を取り付けた。
メタノールの温度が氷点下まで下がったのを見計らって循環ポンプのスイッチを入れた。ゴゴッという音とともにメタノールが吸い上げられ、反応釜のジャケットに送り出されていく。そして、ジャケットを通過したメタノールはジャバジャバと音を立ててタンクに戻ってくる。
しばらくすると、温度計の針がすっと下がり始め、反応液が冷却されていった。
反応液を十分に冷却した後で、その結晶をろ過して取り出した。冷却条件がよかったのだろうか。その結晶はラボでも見たことのないようなキラキラと光り輝く黄色結晶だった。
「いい結晶だ。」
そう言って、Oさんがニヤリと笑った。Oさんの経験と機転が、2回連続で試作失敗というピンチから私を救ってくれたのだ。
私は暫くの間、美しい黄色結晶を手に、一筋縄ではいかないモノづくりの奥深さと、それを乗り越えてモノを完成させた喜びを噛み締めていた。
こうして、私の初試作は漸く終結したのである。
(完)
まとめ
今、こうして書いてみると、ヤマダさんは諦めるのが早すぎですね(笑)
モノづくりは決してうまくいくことばかりではありません。
● 最後まで諦めない
● トラブルが起きたら経験者の知恵を借りる
● モノが出来上がった時の感動を胸に困難を乗り越える
そんな姿勢が大事だと思います!
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