クロスリンク特許事務所(銀座・東銀座・新橋)のヤマダです。
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はじめに
目をつぶっていてもシャンプーとリンスの容器を見分けられる容器側面のきざみ模様。元々は花王が実用新案権の取得を目指して特許庁に出願したアイデアです。でも、花王は途中で実用新案権の取得を取り止めました。実は特許権や実用新案権などの独占権をあえて取らないという戦略もあるのです。
今日は自社技術を独占せず、他の人にも技術を開放するオープン戦略のメリットについて解説します。
花王が実用新案権を取ろうとした考案「きざみ入り容器」とは
「きざみ入り容器」とは、側面にきざみ模様が入った容器です。容器に触れただけで内容物の種類を確認することができるようにきざみ模様を入れた容器です(*1,*2)。シャンプーボトルの側面にたくさんの横線が刻まれているのを見たことがありませんか? あれですあれ。
このような「きざみ入り容器」は目が不自由な方にとって便利なだけではありません。シャンプーをしていて目が開けられないような状態でも、ボトルに触ればシャンプーかコンディショナー(リンス、トリートメント)かを区別することができるので、健常者にもメリットがあります。メリットシャンプーだけに(笑)
花王が実用新案権の取得を取り止めた理由
当初、花王はこのアイデアについて実用新案権の取得を目指して特許庁に実用新案登録出願をしていました(考案名:「きざみ入り容器」<1991年7月出願>)。しかし、花王は実用新案権の取得を中止しています。せっかくのアイデアなのに何故、権利化しなかったのでしょうか?
それは、この「きざみ入り容器」のアイデアを世間一般に普及させるためです。花王がこのアイデアについて実用新案権を取得し、このアイデアを独占した場合、「きざみ入り容器」を製造販売することができるのは花王だけ。他社は花王から許可を得ない限り、「きざみ入り容器」を製造販売することができません。
この時、他社は何を考えるでしょうか? 容器にきざみ模様を入れるのではなく、別のやり方で容器を識別させる方法を考えるでしょうね。花王の実用新案権を回避しながら、同じような効果が得られるような方法を考えると思います。
でも、これでは各社が採用した多種多様な識別方法をいちいち覚えなければいけなくなり、利用者の側からすると却って面倒なことになってしまいます。せっかくわかりやすくなったはずの容器の識別が難しくなるからです。
そこで、花王は実用新案の権利化を断念し、業界で模様を統一するよう各社に働きかけました(*3)。自分のアイデアを独り占めするのではなく、みんなで使おうと訴えたわけですね。今ではこのアイデアは日本工業規格(JIS)にも採用され、業界のスタンダードとなっています(*4)。
オープン戦略とそのメリット
オープン戦略とは、ざっくり言えば、自社の技術を他社にも開放する戦略です。花王のように特許権や実用新案権などの独占権を取らないで技術を開放する場合もあるし、独占権を取った上で他社にライセンス(実施権)を許諾する場合もあります。
オープン戦略のメリットは技術を開放することで、その技術を普及させることができることです。技術が世の中に広く普及してしまう前に技術を独占すると、他社がその技術を使わなくなってしまいます。製品の市場が小さくなってしまうのです。オープン戦略を使うと製品市場の拡大を期待することができます。例えば、
● トヨタが燃料電池車の普及を目指して特許を開放する
● 熊本県が熊本産の産品については「くまもん」のキャラクターを無償で使用させる
● AKBがフルバージョンのPVをYoutubeに公開する
などもオープン戦略です。本来、お金を取って売れるはずの技術やサービス、キャラクターや音楽などを普及させ、或いは認知度を上げるという目的のために、無償ないし安価で開放しているのです。
まとめ
以上説明したように、オープン戦略を使うと技術やサービス、キャラクターや音楽などを普及させ、或いは認知度を上げることができます。
しかし、何の手立てもなく全てをオープンにしてしまうと、開発コストを回収することができなくなってしまうので、ビジネスのコアの部分はクローズにすることも必要です。例えば、技術内容を秘密にする(秘匿化)、特許権、実用新案権、意匠権などの独占権を取って自社だけが使う(権利化)などのクローズ戦略とオープン戦略をうまく組み合わせて使うことが大事です。
参考サイト
(*1)ユニバーサルデザインとパッケージ | パッケージデザイン【情報の森】(公益社団法人日本パッケージデザイン協会)
(*2)人にやさしい製品の工夫| 誰もが使いやすい製品を提供する取り組み| 1「シャンプー容器の識別きざみ」(日本石鹸洗剤工業会)
(*3)シャンプーのきざみができるまで(花王)
(*4)IS S0021|包装−アクセシブルデザイン−一般要求事項(日本工業標準調査会)