はじめに
東京工業大学の大隅良典先生が2016年度ノーベル医学生理学賞を受賞しました。
細胞の「オートファジー(自食作用)」の仕組みを解明した業績を評価されての受賞です。おめでとうございます!
私は日大出身ですが、外部研究生として東工大で卒業研究をさせてもらいました。研究室にいたのはたった1年ですが、こうして東工大からノーベル賞受賞者が出たというのは嬉しいものですね。
ただ、大隅先生の言葉を聞いていると、ご本人は意外に冷めた目で今の状況を見ているんではないかと…。
今日はモノづくりに関わる立場から大隅先生の言葉を掘り下げてみようと思います。
「科学が役に立つ」というのが数年後に企業化できることと同義語になっている
東京新聞のWebサイトに、大隅先生に対して行われたインタビュー記事が掲載されています(*1)。
この記事によれば、大隅先生は受賞後の記者会見で、
と素直に喜びを表す一方で、こんなコメントも残したとされています。
裏を返せば、「すぐに製品化することができるもの」、「数年後に企業に利益をもたらしてくれるもの」ばかりをもてはやし、そうでないものは「役に立たない」と切り捨ててしまう風潮に釘を刺しているのです。
「長期的な視野(基礎研究)を疎かにして、日銭を稼ぐこと(応用研究)ばかり考えていると、日本の未来はありませんよ」
そんな大隅先生の声が聞こえてくるようです。
大隅先生は地道に研究成果を積み重ね、今回のノーベル賞受賞で自然科学界の頂点に立ちました。
しかし、それは過去の貯金によるもの。
トップに立った時、将来に向けてどんな蓄えをしていくかで今後の10年、20年が決まっていきます。
たとえノーベル賞を受賞しても、そのことだけで日本の将来は保証されないのです。
トップに立った時に策を打たなければ衰退する
今回の大隅先生の快挙に対し、出身地である福岡市と福岡県はそれぞれ「名誉市民」「県民栄誉賞」を授与することを検討しているようです(*2)。
しかし、今回の受賞をそういう一過性のお祭りだけで終わらせるのは勿体ない。そう思います。
例えば、基礎研究に関する基金を作る、未来の研究者となる子どもたちを支援する…。
そういった未来に向けて希望のある策を打つことが大事です。
トップに立った時に将来に向けて効果的な策を打たなければ、そこから衰退が始まってしまうからです。
全く分野は違いますが、かつて女子サッカーW杯を制し、国民栄誉賞まで受賞した「なでしこジャパン」は今年のリオ五輪予選で敗退し、本大会に出場することができませんでした。
2011年ドイツW杯優勝、2012年ロンドン五輪銀メダル、2015年カナダW杯準優勝。これらの輝かしい実績は、女子サッカーの競技人口を増やし、選手層の底上げを図る絶好のチャンスでした。
でもその好機に効果的な策を打つことができなかった。
このため新しい選手は育たず、旧態依然としたメンバーで予選に臨むことになり、いいところを見せることなく予選で敗退してしまったというわけです。
なでしこのキャプテン宮間選手は、カナダW杯の決勝前日に「(なでしこを)ブームではなく、文化に」と訴えていました。
この宮間選手の切実な願いは、残念ながら強化セクションの関係者には伝わらなかったようです。
やるべき時にやるべきことをやっていなければ、必ずそのつけが回ってくるということです。
モノづくりの世界も基礎が大事
モノづくりも、研究やサッカーと同じで、地道で継続的な取り組みが必要です。キチンとした基礎を作らなければ未来はありません。
また、特許や商標を出願することは先行投資であり、すぐに利益につながるものではありません。
それでも継続してコツコツ積み上げていく。そうすることで初めて成果が出てくるのです。
それにも拘らず、特許を取った、商標登録を受けたというだけで何かを成し遂げたと勘違いしている企業も少なくありません。
それどころか、出願が完了して、製品に「出願中」の表示をした途端に安心してしまい、その後の取り組みをやめてしまう企業すらあります。
出願や権利化はスタートにすぎません。
成果を出し続けていくにはどうしたらよいか、その成果をどうやってビジネスに活かしていくかを常に考える必要があります。
出願や権利化をテコにして次への展開につなげなければいけないんです。
大事なのは「そこから何を始めるか」ですよ!
参考サイト
(*1)ノーベル賞・大隅氏「科学が役に立つのは100年後かも」|東京新聞 TOKYO Web
(*2)名誉市民を授与へ ノーベル賞大隅氏に 福岡市 [福岡県]|西日本新聞