はじめに
ドラマ「下町ロケット」に学ぶものづくりのヒント。
各回のドラマのシーンを振り返り、ものづくりのヒントになりそうな事項を紹介していきます(ネタバレ防止のため、一週遅れで配信しています)。
今日は第4回の放送の中から、特許出願の手続きの中でも重要な手続きの一つ「クレーム補正」についてご紹介します。
ドラマ「下町ロケット」第4回プレイバック
競合会社のケーマシナリーから特許権侵害を指摘され、特許使用料15億円の支払いを迫られてしまったギアゴースト。
弁護士の神谷(恵俊彰)は佃(阿部寛)と、ギアゴーストの伊丹(尾上菊之助)、島津(イモトアヤコ)を呼び出し、ギアゴーストから技術情報が漏洩している可能性を指摘する。
ケーマシナリーの特許に不自然なクレーム補正があることを見つけたからだ。
しかし、社員の中に内通者がいることを暗に指摘された伊丹は激昂、島津を引き連れ、神谷の事務所を後にする。
神谷は事務所に忘れられた島津のバッグを届けにギアゴーストを訪れる。
そして、書棚にあった月刊の法律雑誌「ロービジネス」のある月の号だけが欠落していることに気づく。
事務所に戻り、その号の内容を確認する神谷。
そこに掲載されていたのは…。
クレーム補正とは何か?
弁護士の神谷がケーマシナリーの特許に疑いの目を向けたのは不自然なクレーム補正を見つけたからでした。
今日は「クレーム補正」について解説していきます。
(1)「クレーム」とは何か?
「クレーム補正」の話をする前に「クレーム」について説明しておきましょう。
日常生活では「商品にクレームをつける」といった使い方をするので、「クレーム=文句」と思っている人も多いでしょうね。
でも、特許の世界では「クレーム(claim)=請求」という意味合いです。
「クレーム」は、特許の出願書類の一つ「特許請求の範囲」の中に記載された、特許を受けようとする発明の内容を一文で記載した文章のことです。
日本語では「請求項」と言います。
例えば、こんな風に記載されています。
【書類名】特許請求の範囲
【請求項1】円筒状で、底がある陶器であることを特徴とする湯のみ茶碗。
(あくまでイメージです。実際には、こんな簡単なクレームは殆どありません。)
発明は技術のアイデアです。
何らかの技術課題を解決し、何某かの技術的効果を発生させるものです。
その条件を過不足なく書いた文章がクレームです。
アイデアが同じコンセプトに基づくものであれば、一つの出願書類に複数のクレームを書くこともできます。
そのときには、【請求項2】、【請求項3】と項分けしてクレームを書いていきます。
多いものだと、クレームが100を超えるようなものもあります。
特許を取ろうとするときに、特許庁に発明品の現物を持っていっても特許にはしてくれません。
全て文章で、しかも一文で記載します。
図面を提出することもできますが、図面はあくまで参考書類。「特許請求の範囲」、その中に記載された「クレーム」が特許の審査の対象となり、ゆくゆくは特許権の権利書になるわけです。
例えば、スマホを思い浮かべてみてください。
あの高度で複雑な技術内容を文章で表現するのは並大抵ではありません。
その作業を「クレームドラフティング」といい、その「クレームドラフティング」の専門家が弁理士なのです。
「クレーム補正」とは何か?
「クレーム補正」とは、特許を出願した後に、その出願書類に記載されたクレームの内容を補充または訂正することです。
クレーム補正によって請求している特許の内容が変わるので、特許出願の中で重要な手続きの一つです。
通常、クレーム補正は特許の審査の段階で行われます。
特許出願の後、出願審査請求という手続きをすると、その内容が特許庁の審査官によって審査されます。
一発で特許になるというのは稀で、「このままでは特許にできませんよ」というお知らせが届きます。
これを「拒絶理由通知」といいます。
この拒絶理由を回避して特許権を成立させるために、クレーム補正を行うことが多いのです。
具体的には、発明の内容をより具体的なものに限定して他の技術と区別したりします。
例えば、出願時のクレームが、
【書類名】特許請求の範囲
【請求項1】円筒状で、底がある陶器であることを特徴とする湯のみ茶碗。
であったときに、この内容は今までにあった技術と大差ないから特許にできないという拒絶理由が届いたとします。これを、
【書類名】特許請求の範囲
【請求項1】円筒状で、底がある陶器であって、しかも取っ手が付いていることを特徴とする湯のみ茶碗。
とクレーム補正します。
この取っ手が付いた湯のみ茶碗が今までになく、今までの湯のみ茶碗と比べて特に優れた効果を発揮するということであれば、特許を取れるケースもあるわけです。
但し、特許は早いもの勝ちの世界です。
とりあえず特許の書類を出しておいて、後から新しい技術内容を自由に付け加えられるとしたら不公平ですよね。
このため、クレーム補正には「新たな事項を追加してはいけない」という厳しい制限があります。
ここで言う「新たな事項」とは、出願したときに提出した書類に記載されていない事項を指します。
出願時に提出した書類に記載された内容の中で補正をしなければいけないというのが原則なのです。
特許の出願書類の中には、「特許請求の範囲」の他に、「明細書」という書類があります。
明細書は特許請求の範囲(即ち、クレーム)に記載された発明の内容を更に具体的に記載した書類です。
クレームは技術的効果を発生させるための条件を一文で記載したものですから記載が抽象的です。
明細書にはクレームで使っている言葉の説明や実験データが具体的に記載されています。
ですので、明細書に記載されている内容をクレームに追加するクレーム補正は実務上よく行われます。
そのようなクレーム補正が功を奏して特許を認められるというケースも多いのです。
ケーマシナリーのクレーム補正について
ケーマシナリーは特許を出願した後に、ギアゴーストの島津が開発した副変速機と同じ内容をクレームに追加するクレーム補正を行っています。
島津は自ら開発した副変速機が以前から知られている技術を応用したものにすぎないと考え、特許を出願していませんでした。
しかし、たとえ特許を出願しないとはいえ、その内容はギアゴーストの重要な技術情報であり社外秘の情報です。
ギアゴーストの製品が世の中に出るまではケーマシナリーがその技術内容を知ることはできないはずです。
それにも拘らず、島津がその副変速機の設計を完成させたわずか1週間後に、ケーマシナリーの特許出願書類がクレーム補正されている。
しかも島津の副変速機と全く同じ内容を追加する形で。
このような不自然な状況を分析した結果、神谷はギアゴーストに内通者がいて、ケーマシナリーに技術情報を漏洩させていると考えたわけです。
まとめ
以上説明したように、特許を取る手続きの中でクレーム補正は極めて重要です。
できるだけ広い範囲で特許を押さえようとすると、クレームの記載は抽象的になり、従来の技術と区別し難くなります。
この時にクレームをより具体的な形に補正して、従来の技術と区別することが必要となるわけです。
クレーム補正は出願時に提出した書類に記載した内容の中でしかできません。
最初に提出した書類の内容が鍵になるわけです。
しかし、中小企業の場合、十分な技術内容やデータを明細書に記載しておらず、クレーム補正で苦労するということも少なくありません。
特許を出願するときには、
- 実際に開発した製品に縛られず、同じ技術的効果を得るためにはどんな条件が必要かを考えてクレームを作る
- 同じ技術的効果を得られるバリエーションを豊富に記載する(他の材料、他の形、部品を配置する順序等)
- 技術的効果を説明するための数値データを十分に記載する
ことが大事ですよ!
この辺りは技術を知っていればできるというものではありません。
信頼できる弁理士さんと、よく相談してくださいね!
おまけ
ケーマシナリーのクレーム補正が認められるためには、ケーマシナリーの出願済みの特許の書類に、天才技術者・島津の考えた副変速機の内容が予め記載されていることが大前提となります。
そうでないと、新規事項の追加となり、クレーム補正をできませんからね。
ホントにそんな都合がいいシチュエーションはあるの?というと、実務上は少ないでしょうねぇ(笑)
でも、そういうツッコミはナシで。ドラマを純粋に楽しみましょう!
参考サイト
(*1)日曜劇場『下町ロケット』|TBSテレビ
(*2)あらすじ|TBSテレビ:日曜劇場『下町ロケット』
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